エッセイ

はじまりの時

人に性格があるように、カフェにも性格がある。

メルボルンのカフェはどれも個性があり、どのカフェも違う雰囲気、性格を持っているのだ。毎日の暮らしの中でその日の自分に合うカフェを選ぶのも楽しみのひとつだ。

ビルの隅にあるカフェ Slater St. Bench 入り口に生えている木の枝をくぐり抜けるとそのカフェはある。カフェに入る前からプラスオーラが溢れているのだ。軽く浮かれた足取りを隠すのに必死の「おひとりさま」である。いつもの Flat White を片手に、春の日差しに照らされた外の木を眺めるていると。

誰かが耳元で囁いた「きっと、何かがはじまる。」
振り返っても誰もそこにはいなかった。

飲み終わる頃には、すでに数えきれないくらいのビジネスマンたちが Take Away コーヒーを手に店を後にしていた。心地よく流れるテンポのいい音楽が行き交う人たちの笑顔に見事に重なり合っている。上級カフェのないこの辺りで上級の味を求めてやって来る人たちの足音は絶えない。街の慌ただしいカフェとは違ってゆっくりと流れる時間。さっきまで時計を見ながら早歩きしていた自分がまるで嘘のようだ。このカフェに来ただけなのに何故だろう。こんなにポジティブになれるのは。その名の通り、お店の主役となる Bench に人々が集まる。そして、プラスオーラが更にプラスになっていく。こういった場所にいると、毎日の小さな悩みやくだらない事へのイライラや悩みがどうでもいいことのように思えてくるのだ。まっすぐ続くベンチに座り Filter を飲む。そして、行き交うトラムを眺めているとまた聞こえた。

「きっと、何かがはじまる。」
振り返っても誰もそこにはいなかった。

私は偶然という言葉を信じない。

この世に起こるすべての出来事は必然だと思うから。人との出逢いもそうだと信じている。偶然の出逢いなんてこの世にない。すべて必然の出逢いだと思っている。そして、出逢いには終わりも別れもないと信じている。一度出逢ったら、すべてそこから続いているのだ。たとえ、その人が目の前から消えて逝ったとしても。人との出逢いとはそういうものだと信じている。

だから、人はそれを縁と呼ぶのだ。

そう、私たちは毎日必ず誰かと出逢っているのだ。
私たちは決してひとりじゃない。私たちは縁に結ばれて生きているのだ。

Cappuccino を片手に新聞を読む彼と交わす挨拶。これも出逢いなのである。当たり前のことが当たり前にできるという喜び。自分中心の世の中で忘れがちな心のゆとり。人とテクノロジーではなく、人と人とのコミュニケーション。太陽に照らせれた Bench に呼ばれて思わず外に出た。プラスオーラを体中に浴びながら、静かに流れる時間を過ごす贅沢な昼下がり。そして、文句の付けようのない美味いコーヒー。この贅沢な昼下がりも必然の出来事なのだ。

このカフェで君は聞こえるだろうか。

そして、もし君がその声を聞いたなら信じて欲しい。
これからはじまる何かが、君を指名したということを。

人生は決して後戻りできない。
前に進むしか他に道はない。
もし君が泣かずにいられないのなら、
気の済むまで泣いたらいいさ。
大きな声をあげて気の済むまで泣いたらいい。

今日君が流した涙は、明日になればすべて水になるから。

 

「きっと何かが、はじまる。」

 

このカフェは私の背中を押してくれた。
これからはじまる何かに私は立ち向かう。
両手を広げてその指名を受けようではないか。
人生は一度だけ、後には戻れない。
そう、後には決して戻れないのだ。

「きっと何かが、はじまる。」

そんな声が聞こえた。
振り返っても誰もそこにはいなかった。

 

そこには、窓に映る自分がいた。
そこには、自分だけが静かに立っていた。

 

 

始まりのあるカフェ。
「きっと何かが、はじまる。」

 

 

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